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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)70032号 判決

原告

株式会社

優精美研

右代表者

山本優

右訴訟代理人

小田切登

被告

子島寛

右訴訟代理人

秋山幹男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告の地位について

請求の原因1の事実〈編注・昭和四二年三月一日訴外株式会社資光堂プロセスが設立され、以来被告が代表取締役の地位にあつたこと〉については当事者間に争いがない。

二原告と訴外会社の取引について

原告が昭和五一年一一月一七日に訴外会社に対し額面合計五〇〇万円の約束手形を融通手形として振り出し、これと引き換えに被告が訴外会社の代表取締役として原告に対し目録(一)ないし(六)の約束手形を振り出したこと、及び昭和五一年一一月二七日から同年一二月一三日までの間に原告と訴外会社との間に代金合計二四九万九四七五円のパンフレット等の取引(その契約の法的性質はしばらく措く。)があり、被告が訴外会社の代表取締役として右代金の一部支払いのため原告に対し目録(七)ないし(九)の約束手形を振り出したことについては当事者間に争いがない。

三被告の責任について

原告は、被告が訴外会社の代表取締役として右二の取引をし、手形を振り出したことが、訴外会社に対する関係で任務の懈怠になると主張するので判断すると、〈証拠〉によれば、訴外会社は、写真製版業を主たる目的とする資本金一二〇〇万円の株式会社であり、第八期(昭和五〇年二月末日決算)には年間約一億四三七〇万円、第九期(昭和五一年二月末日決算)には年間約一億六八八〇万円の売上高があつたが、昭和五一年に入り、二月二〇日に株式会社プリンターズ、七月五日に株式会社三康社、八月一七日に株式会社裕和興商と、訴外会社と取引があり同社が手形を受け取つていた会社が相次いで手形不渡りを出したことから、不渡手形の買戻し等により約一五〇〇万円の損失が生じ、銀行等からの借入によつてこれに対処していたこと、ところが同年一〇月三〇日に至り、取引先のエイコウ産業が手形不渡りを出して倒産し、訴外会社は、右会社から受け取つた約一五〇〇万円の不渡り手形の買戻しの必要に迫られて経営が悪化したこと、そして、訴外会社は、翌昭和五二年二月末日の決算では第一〇期(昭和五一年度)に約四六三五万円の経常損失を計上し、貸借対照表上の資産の合計が約八〇一六万円であるのに対し負債が約一億一一四九万円と債務超過の状態となり、結局、同年三月末日に同日満期の約九九〇万円の振出手形の決済ができず事実上倒産したこと、以上の事実を認めることができ、訴外会社が自己破産の申立てをし、同年四月八日に破産宣告を受けたことについては当事者間に争いがない。そして、右諸事実に照らせば、訴外会社が原告と前記二の取引をした昭和五一年一一月ないし一二月ころ、同社の経営状態が相当逼迫し、資金ぐりにかなりの困難を伴つていたことは明らかである。

しかしながら、会社の経営状態が悪化した場合において、その業務執行の衝に当たる代表取締役が、経営立直しのため融資の獲得、取引の継続・拡大に努めることはむしろ当然のことであり、それらの行為により負担する債務の弁済のめどの有無も内外の種々の要因により左右されるものであるから、それらの行為が、当該取締役個人や第三者の利益のためになされたものではなく、また、行為当時の諸条件に照らし明らかに不合理なものと認められず、違法な手段を用いたものでもない限り、仮にそれらが結果的に不首尾に終わつても、会社に対する任務懈怠にあたらないというべきである。

これを本件についてみると、前掲各証拠によれば、訴外会社は、昭和五一年二月末日の第九期決算で僅かではあるが経常利益を計上しており、その後の一年間については売上高の伸び悩み、経費の増大があり、これを前記認定の損失の一因とはなつているものの、右損失の大部分は前記取引先の手形不渡り等による約二七〇〇万円の貸倒損失によつて占められ、訴外会社の経営逼迫は外部的要因によるところが大きいこと、従つて、取引先の手形不渡りによる危機を乗り切れば会社経営の継続、立ち直りも期待できたと考えられるところ、訴外会社は、昭和五一年一〇月にエイコウ産業の手形を不渡りとなるまでは、銀行や信用金庫から長期融資を得え資金ぐりをつけており、高利の借入を多額に行うことはなかつたこと、更に、原告代表者及び被告本人の各尋問結果によれば、エイコウ産業倒産の直後に行われた前記二の取引のうち、目録(一)ないし(六)の手形振出しは、右会社の債権者集会で知り合つた原告代表者と被告が融通手形を交換することに合意してなされたものであり、満期に再度手形を交換する可能性もあつたこと、また、目録(七)ないし(九)の手形振出しは、訴外会社がエイコウ産業の倒産による受注減を防ぐため、エイコウ産業の行つていた印刷部門に事業を拡大したうえ、注文を受けたパンフレット製作を原告に依頼し、その代金の支払いのためになされたものであること、以上の事実を認めることができる。右認定の諸事実を総合勘案すれば、被告が訴外会社の代表取締役として原告との間でなした前記認定の取引が専ら訴外会社の利益のためになされたものであることは明らかであり、また、融通手形が健全な資金調達方法でないことは言うまでもないが、当時の諸条件に照らし、右取引が明らかに不会理なものと認めることはできず、またこれにつき被告が違法な手段を用いたことについては主張、立証がない。

そうすると、被告が訴外会社のためになした前記二の取引が同社に対する任務懈怠にあたると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四結論

以上の次第により、商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償を求める原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(鈴木健太)

手形目録〈省略〉

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